ブラックノベリスト

 

「要するにさ、君の小説には恋愛感が欠けてるんだよね」

或る晴れた昼下がり。
神楽坂駅前にある喫茶チェーンの窓際席で、僕の上司は吐き出した。
「どんな形でも異性同士が関われば性を意識するのが普通でしょ。登場人物が十代のガキなら尚更だし。
今までまともに恋愛とかした事ないんじゃないの?ひょっとして童貞?」
商品名が違うだけで味はブレンドと同じアメリカンコーヒーを一口啜り、僕は上司の指摘に耳を傾ける。
小太り・眼鏡・後ろ前に被った野球帽にTシャツGパンと、五拍子揃った本屋の店長風の編集者。
彼が大声で性だの童貞だの喚き散らしている様はスタバやエクセルならば顰蹙ものだろうが、ここではさして違和感を感じない。「美味しい珈琲を入れております」という看板が虚偽記載で訴えられかねない店では、客の民度がコーヒーの味に比例するらしい。新社会人と思しきスーツの若者が数名テーブルを囲んでいたが、マスコミを賑わす強盗殺人や児童誘拐を肴にゲラゲラと笑う彼等も上司と大差なかった。駅前の大手出版社でない事を祈るばかりだ。
「ストーリー上、男女が出てきて接点を持つ要素が組み込まれてる話で、性からの視点がない奴なんかほとんどないよ。あるとしたらそれは思春期前のガキが書いた落書き」
見た目の印象に違わず、この上司はなかなか僕に喋らせてくれない。
かと言って無理に口を挟めば更なるマシンガントークで叱責されるのは経験上予測出来るので、僕はただただ自称美味しいコーヒーを啜るのみ。暗にお前は思春期前のガキ以下だと罵られたとしても。
「別に今から恋愛小説に変えろとは言わないけどさ。思春期の男女が出てくるんだから、もうちょっと恋愛要素っていうか、登場人物の中に性への意識があってもいいんじゃないかな。このままじゃ物語として不自然だし、何より売れない。せっかくのデビュー作なんだから、ここでコケたくはないでしょ?」
コクリ。
ここで初めて、僕は反応らしい反応を返す。タイミング的にそろそろ「聞いてる?」と訝しがられる頃だったし、その首肯が僕の本心でもあったから。

デビュー作。
そう。僕はこの日本有数の出版印刷業の集積地で、文章を書いて飯を食っている。
ただし、作家ではなく。
物語の創り手ではなく。
己の創った物語世界を、文章媒体を通じて現実に顕現させる創造主ではなく。
まして、その世界に他人を轢き込み支配する超越者などでは、断じてなく。
なけなしの語彙と表現力を用い、彼等が創った物語を機械的に現実世界へ出力アウトプットするだけの作業員――所謂ゴーストライターとして。

 

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