少女三部作・外伝

カルテットT 祭後通牒

 

学校という教育機関においてクラスとは一個の村社会である。
勿論そうでない学校、そうでないクラスもあるかも知れないが、僕が中等部から現在までの五年間を通して得た感想は大まかにはそんな所だった。
村をまとめる村長が居る。それに従う村民が居る。外から村を監視する国の役人が居る。村八分が居る。
そんな村社会の中で如何に生きるべきか。簡単だ。村八分にならなければいい。出る杭は打たれるのだから、最初から出なければいいのだ。村の秩序を乱さぬ様、その中でひっそりと慎ましく暮らしていれば平穏無事な学校生活が約束される。
だが。
なりたくて村八分になる者など居ない。先日少年院に送致された僕の友人は自らそれを望んでいる様な気があったが、彼は例外中の例外であろう。
本来、村八分とは村民によって生み出されるものだ。彼の者の望む望まぬとに関わらず。しかもそのきっかけは、しばしば村民の恣意とも無関係に生じる場合がある。
例えば、村の安寧を脅かす事件であるとか。

今朝教室に入ると、僕の机に菊の花が飾られていたのは正にそれだった。

(早いな…事が起きてからまだ一週間も経ってないのに)
この間の水曜、クラスメートの一人が自殺するという事件が起きた。
止めようとして巻き添えをくらった僕は、指を骨折するという被害を被ったにも拘わらず――他に目撃者が居なかった事、当該生徒に自殺の動機が見当たらなかった事などから、殺人を疑われてクラスの出る杭になってしまった。
しかしこれだけならまだ村八分には至らない。この時点では僕を殺人鬼扱いする人間と怪我に同情してくる人間とがクラスでは50:50だった。
ところが一週間後。
今度はクラスメートが初等部の生徒を殺害するという事件が起こった。
最悪な事に犯人は僕がクラスで唯一仲良くしていた友人の城戸祐次。更に僕自身も犯行の直前に被害者と二人だけで会っていたときている。これで僕を疑わない方が不思議だ。城戸が全てを自白していなければ僕は今頃警察の留置所でカツ丼をご馳走になっているに違いない。実際被害者の目撃者や犯人の友人として事情聴取は受けたのだが。
ともあれ、この事件を契機に僕の村八分化は決定的となってしまった。事件が起きた週は土日まで全学休校だったため、その間に少しはほとぼりも冷めるかと思っていたが甘かったらしい。授業再開早々菊の花とは。

そして開けっ放しのドアをくぐった途端、僕に集中するクラス中の視線という視線。
次の瞬間にはもう拡散していったそれらは十人十色。侮蔑。憐憫。嫌悪。恐怖。感情のサラダボウルとも言うべき空気が二年D組を覆っていた。
それを意識しないように全力で努力を払いながら席につく。
机の中をどうこうされた形跡は無い。とりあえずは机上の菊だけか。
オーケイ。黄色の花が生けられた花瓶については授業を受けるのに支障は無いのであえて何もすまい。どけたり動かしたりすればかえって村人を喜ばせるだけだ。
今我がクラスの教室には菊の花が飾られた机が三つある。
自殺した女生徒のと、少年院に送られた城戸祐次のと。それに僕のを合わせて三つ。
うち二つはまだ生きている人間の机だ。
そこに菊の花を手向けるという事は、つまり。

「あれぇ?どうして死んだ人が居るのかなぁ?」
わざとらしい猫撫で声で女子生徒の一人が言って寄越す。ああ、こいつには見覚えがある。自殺事件が起こった時にもわざわざ聞こえる様な声で僕の陰口を叩いていたグループの一角だ。
「…」
意思の力で作った無表情で女子生徒を一瞥して無言を貫く僕。
何も言えなかったというのが本音だが、下手に何か言っても事態が好転するとは考え難い。村民が村八分をシメる時に期待するのは何よりもリアクションなのだから。
ただ問題は、無反応は必ずしも相手を沈黙させる手段たり得ないという点だ。それどころか逆効果を招く時もある。
「黙ってないで何とか言いなさいよ、人殺し」
出鼻を挫かれた女子生徒の後を受け、隣に居たグループメンバーが第二撃。
それに勇気付けられたのか、その後ろから僕に嘲笑を浴びせていた男子生徒がずいっと前に出る。
「そうだ。黙ってちゃ分かんないよな、人殺しさんよ。言ってみろよ、生きててすいませんって。みんなに謝ってみろよ。あァ!?」

ガァン!

威圧的な調子で恫喝してきた男子生徒が手近な机を思い切り蹴り飛ばした。
スチールパイプの木製机はいとも容易く転倒し、僕の方に転がってくる。
どうせなら僕のを蹴ればいいのに。まだそこまでの勇気は無いか。その他の生徒も多種多様な表情でなりゆきを見守っていたり、ひたすら見て見ぬフリをしたりするのみで、参加しようとはしない。
要するに皆、怖いのだ。新聞やニュースで取り上げられている異世界の出来事が身の回りで現実に起こっている。つい昨日まで普通に話をしていた人間が次の日には死んでいたり、人殺しになっていたり。明日は誰だ。明日は我が身か。教室に木霊する笑い声の裏に潜む闇。自分達の中に自殺志願者や殺人鬼が混じっていたというおぞましさ。村民達はそれに耐えられないのだ。
では再び安寧を取り戻すには?心の不安を取り除き、安心するには?
それには生贄が必要だ。最低最悪の人非人という偶像を作り上げる事によって、自分達はあいつとは違う善良な一般市民だと信じる事が出来る。異端を一人に絞って弾圧する事でより多くの人間が自分はあの異端とは違うと安心する事が出来る。普通でない象徴を精神的にも肉体的にも叩き潰して初めて、今まで疑いもなく信じていた自分達=普通のアイデンティティが復活する。そのための生贄こそが村八分――僕という存在である。

だが僕としては当然素直にそれを受け入れる訳には行かない。
思うに、学校の教室における村八分には二つのタイプがある。一つは前述の生贄。もう一つは、皆から敬遠されて誰からも話しかけられなくなる本来の意味の村八分。どちらがマシかは火を見るより明らかだった。

だから僕は立ち上がり、菊の花が挿さった花瓶を掴む。

振り掛かる火の粉を払うために。

 

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