少年非行と世界のシステム
「―――まあ結局の所、」
壁を一枚隔てた隣の部屋から、声がした。
「君の試みは失敗した訳だけれども」
「・・・うるせーよ」
事実を言われたまでなのだが無性に腹が立った。奴の言う「試み」を行う事前も事後も、ムシャクシャした気持ちは変わらない。
ただ、もうここから出られないだろうという絶望感のためか、声に力が入らないというだけだ。
ただそれだけの事だ。
「しかし、一体何をもって『成功』と評するのだね?いや、そもそも君の『試み』とは一体なんだったのか?
目的地に着いたら一体どうするつもりだった?身代金を使って海外にでも逃げるか?ではその後は?」
「・・・知るか。大体、アンタ誰だよ」
俺の不機嫌な口調など意に介さず説教を始めた男の声に、力なく反論する。
「私が誰なのか、何処から来て、何故ここに居るのか、そんな事はこの際どうでもいい。
ただ、知りたいんだ。君は、目的も計画もなかったのだろう?しかし漠然とした動機、きっかけの様なものはあった」
「・・・」
そんなものはない、とは言えなかった。ここで虚言を呈しても大して意味はないし、自分を騙すには身も心も疲弊し過ぎていた。
自分すら騙せない嘘はつくな、というのが俺の信条だ。
無言を肯定と受け取ったのか、声は満足そうに続けた。
「よろしい。君のきっかけを当ててみせよう。漠然とし過ぎていて言葉にするのは難しいだろうが、敢えて言うならば君は・・・
この世界に対し、自分の存在を刻み付けたかったのではないかね?」
「・・・」
「沈黙は金、か。いや、失敬。なるほど、なるほど」
「・・・アンタの言う通りかも知れない。この世界には憎い奴が多過ぎて、一体誰を憎んでいいのか分んなくなっちまった。
具体的に言うとキリがないけどな・・・それでいつの間にか俺は、世界そのものを憎んでた。
だからせめて、この腐り切った世界に俺の生きた証を残してから死のう、そう思ったんだ」
自分でも何を言っているのか分らないまま―――生気のない声のまま、俺は言葉を紡いだ。どうしてこんな事を言う気になったのかさえよく分からない。
くそ、これじゃ誘導尋問みたいじゃないか。
「ほう?それはそれは・・・」
急に饒舌になった俺に驚いたのか、意外そうに返してくる声。
「ふむ。とりあえずは期待通りの回答に感謝するよ。しかしね君、君は少々思い違いをしている」
「・・・また説教か」
「まあ聞き給えよ。この世界というものはそう簡単に出来てはいない。肥大化し複雑化した世界のシステムは、君という人間一人があのような
『試み』に及んだ所で君の事など全く眼中から外れたままなんだ。
そうだろう?せいぜい次の日の新聞に載って、ニュースで取り上げられて、、その後も事後調査や君の様子などが繰り返し報道されるだけだ。
世界の在り様に何ら変化はない。君が何をしようと、太陽は明日の朝また昇るし夕方には沈む。これは絶対的な世界のシステムなんだ」
「・・・」
「つまり、だ。結局は君の『試み』も世界のシステムの枠内での出来事に過ぎなかった、と言いたいんだよ」
「・・・?」
「君が世界に存在した証を残すという発想そのものは良い。たとえそれすらシステムの枠内の発想であっても、世界を意識する事はシステムから脱却する為には必要となる。
だが、君の試みた方法は世界のシステムに囚われ過ぎている。世界の根幹たるシステムという檻を打ち壊し、自由になる、そういった発想が足りていないんだよ」
「・・・アンタ、一体・・・」
「そのためには、まず疑う事から始め給え。自分は世界のシステムに囚われた考え方、行動をしてはいないか?この私の存在も発言もシステムの作り出す幻影かも知れないぞ?
常にシステムの存在を意識し、疑い続けろ。いつもシステムから自由になる事だけを考えろ。そうして、世界に抗え。抗って、勝利しろ。
そうすれば―――もう、生きた証を残そうなどという発想は消える。
『残す』というのは、何かを残す『場所』があるからこそ可能な行為だ。しかし、その『場所』自体がなくなればそんな矮小な考えは意味を成さなくなる。
何も残さなくても良い事になるんだよ。システムから解放された君は、自由になるんだ」
だから―――
疑え。
抗え。
ブチ壊せ。
自由を掴み取れ。
壁を一枚隔てた隣の部屋から、声がした。
(了)