学校は閉鎖空間である。いわゆる「世間」から隔離され、中に居ればその荒波に揉まれる事の無い安全な核シェルター。一つの敷地に小学校から高校までを丸抱えしている大和学園は特にその色が濃い。生徒は内部に居る限り安全を保障され、卵の中に居る雛の如く外敵から守られる。だが、敵が外ではなく内に居たら?本来学校はそういった事態を想定していない。我が校でも生徒による盗難被害が絶えないのはこのためだ。内部犯に対する規制にはどうしても限界がある。何故なら、卵の中の雛は大人しく育てられるだけの受動的存在と相場が決まっているからだ。雛自身が他の雛の敵となるなど、思いも寄らない異常事態であるからだ。
ところが、異常は今や異常ではなく日常となった。
その所為なのかどうかは定かでないが、僕はその事実を聞いた時、自分でも驚く程落ち着いていた。事ここに至っても口数を除いて目立った変化の見られない凪よりも。
「美穂ちゃんが、高等部の生徒に殺されたって」
美穂ちゃん。最後まで苗字すら知らず終いだった凪の初等部の知り合い。凪の話だと、刃物で喉笛を掻き切られて痙攣しているのを初等部の友達が発見したそうだ。言葉を介して耳にするだにおぞましい光景である。直接視認したその子は一生トラウマになるだろう。
「現在、学内に不審者が侵入しています。部活中の者を含め全学生徒は近くの教員の指示に従って下さい。繰り返します、…」
と間抜けな放送が流れたのは凪から事実を聞かされた直後の格技棟。不審者ね。学内の殺人鬼とは言えないようで。時事ネタだけに、生徒達にいらぬ動揺を与えまいとしての処置だろうが…スピーカーに滲んだ焦燥感は拭えない。先生、近くの教員って、誰も居ないんですけど。
「…とりあえず着替えて教室に戻るか」
「そうだね」
言葉少なに頷いて更衣室に消える凪を見送り、僕も踵を返す。
本当は着替えている場合ではないのだろうが
――犯人が無差別殺人者で二人目の獲物を探しているとしたら、今の僕らの様な孤立した生徒を狙うであろうから――、僕はあえてそう提案した。無口な凪を見たくないからではなく、本心を悟られたくないというのが本音だった。
僕はニュースの中の出来事を全部別世界の劇中劇と割り切ったりはしない。しかしだからといって当事者でない以上は報道される記事内容を身近に感じるのは困難であるし、そこまで世話好きでもない。だから高校生による児童殺害なんて事件は身近には起こり得ない筈で、僕がどう思おうとやはりお茶の間の域を出ないフィクションの筈…だった。ついさっきまでは。
だというのにこの気持ちはなんだ?僕は今あまりに落ち着き過ぎている。フィクションの筈の惨劇がノンフィクションになった驚きのあまりかえって何も感じられずにいるのだろうか。一週間前に遭遇した事件で免疫が付いたとか?もしくは、美穂ちゃんが一度会った切りの他人だからそれ程悲しんでいないのだろうか。
いいや、違う。
僕はその程度の「不謹慎」で済む様な悪じゃない。僕は、最低の人間だ。僕は美穂ちゃんを
――
「…来たか」
更衣室で懊悩する僕を我に返させたのは背後の気配だった。
ご丁寧に着替え終わるまで待っていてくれたらしい。何とも優しい妹


――ではなく。

「何とも優しい殺人鬼だな」
僕は振り返る。
「つまらない。全く以ってつまらないシナリオだ。作家先生が見たら何て言うか…三流作家でももっとマシな脚本を書くぞ普通。ミステリの犯人は可愛い女の子だったりひ弱なおじいさんだったり、意外性を持たせるのが定石の筈だろ?なのに」
相手は答えない。
「何でお前なんだよ
――城戸」

 

次へ

 

inserted by FC2 system