脱出少女
『放課後屋上で待ってます』
私立大和高校。
放課後の部活に勤しむ生徒が多い付属高校の中にあって、帰宅部の僕は際立って下校が早い。掃除当番という概念は百万光年の彼方に忘却しているのが常なので尚更だ。しかしこれから帰ろうという矢先、前記の様な手紙が下駄箱に鎮座ましましているのを目撃してしまっては固まらざるを得なかった。
大学ノートを千切ったのだろう、等間隔で横線の入った紙一杯に『放課後屋上で待ってます』という一文が記されている。特に特徴の無い楷書で、男か女かも判別し難い。
…何かの嫌がらせだろうか?
ファーストインプレッションはその一言に尽きる。少なくとも男性諸君ならここで誰もが思い浮かべるであろうお約束な展開を期待する程僕は楽天家ではない。名宛人も差出人も無い以上、何らかのトラブルが口を開けて待っていても不思議は無いだろう。こないだも新宿でカツアゲされたし。放課後人気の無い屋上に連れ出して一攫千金、と言った所か。
そこまで考えて、僕は自分のリアリズムに内心で苦笑した。普通、ここは素直に喜ぶ場面だろうに。理性に固執し過ぎて本当の気持ちを見失っては人間お終いだ。それは僕が最も嫌う所ではなかったか。
結局――警戒半分、嬉しさ半分、といった面持ちで手紙を鞄に押し込み、下駄箱を後にする僕。
放課後とはいえ六限授業終了直後なので下駄箱付近に人影は無い。掃除当番やら友人との談笑やらで教室に残っている生徒達の喧騒が聞こえるばかりだ。誰にも見られずに済んで良かった、とこれまたあまりにお約束過ぎる安堵感を抱き、階段へ向かう。階段を上りながら、考えた。
古い。あまりに展開が古過ぎる。きっと親の世代も似たような経験をしてきたんだろう。いや、そもそも学校という組織がこの世界に誕生して以来、一体何人もの人間が同じ感情に浸ってきたのだろうか。確か世界最初の大学はパリ大学だったか――………花の都パリの学校で世界初の下駄箱ラブレター? ああ、ちょっといいかも。それが現代にあって尚続いているとは何ともはや。琵琶法師でも鴨長明でもいいから、無常観の責任者出て来い。あとセガには発足当時のパリ大内の男女関係についての調査を要求する。パリを舞台にしたゲームを思い出してそんな事を思う。
まあ無常観の真否はさておき、屋上に誰かが待っている事は確かだ。実は誰も居なくて、その時の僕の間抜け顔を隠し撮りした写真やビデオが次の日に出回ってたりして。いざ屋上の扉の前に立つに至ってそんな疑念が鎌首をもたげてきたので、地雷の可能性も考慮して僕はまずドアノブを軽く回した。水泳の時以外出入りは禁止されている筈だが、そこはやはりお約束。ドアノブはいとも簡単に回り、扉と壁との間に僅かな隙間を生み出した。
扉の隙間を覗くと、女生徒が見えた。ほとんど話した事は無いが、顔と名前は一致するという程度のクラスメートだった。これまたお約束な事に、彼女は長髪と制服を秋風になびかせ、斜陽に照らされて佇んでいた。
「――!」
ただし、屋上の柵の向こう側に。
そして彼女は、完全に扉を開いた僕に言った。
「ねえ…良かったら、私と心中してくれない?」