世界少女

 

ボードレールは言った。「私がいないところでは、私はいつも幸せだろうと思われる」
もっと率直に言えば、わたしがいないところこそ、わたし自身のいるところだということになる。牡牛の角をつかむように思い切って言えば、世界にないどこか、ということだ。

ポール・オースター

 

学校において、異性に告白したりされたりするイベントの舞台はそう多くない。
体育館裏。屋上。放課後の誰も居ない教室。
中学時代には休み時間、クラスの喧騒の中で堂々と意中の男子生徒に「付き合って下さい」と宣った女子が居た――誰も二人を気に留めていなかった上、周囲の会話にかき消される程の小さな呟きだったので、その男子生徒にしか聞こえなかったらしい――けれど、基本的には人の居ない場所で行われるのが普通である。
校舎と体育館に挟まれた狭隘な空間で。立ち入り禁止の屋上で。静寂が支配する茜色の教室で。
下校時刻を大幅に過ぎた今、我が大和高校でもどこかで似た様な光景が展開されている
…かどうかは僕の与り知らぬ所だが、まぁ展開されていてもおかしくはあるまい。
いかんせん目の前に展開されているからには、他の場所で同様の催しが開かれていても何ら不思議は無いのだし。ドラマや小説の中でしか知らなかった出来事を目の当たりにしてしまった以上、そう思わざるを得ない。
結論から言うと僕は目下、正にそのドラマや小説の中でしか知らなかった、人類が営々と築き上げてきた生殖活動の第一歩に直面していた。
とはいえドラマやら小説やらは視聴者や読者が共感を覚えてなんぼという側面があるため、題材としてよく使われる恋愛はやはり我々が共感を得やすいテーマなのかも知れない。事実は小説よりも奇なりとはよくいったもので、現実世界で面白いと見做されるからこそ創作にも用いられるのだろう。そして少年少女は創作物から生殖活動の初歩を学び、少子化日本を救うべく恋に勤しむのだ。
何だか身も蓋も無い言い方になってしまったが、照れ隠しの憎まれ口と思って頂きたい。僕とて不能でも男色でもない。

さて。
僕を呼び出した女の子は、定型通り俯き加減に立ち尽くしている。木佐七海。かろうじて顔と名前が一致する程度の、他人と言っていいクラスメートだ。場所は先に挙げた例に漏れず、人気の無い体育館裏。初冬の風が伸び放題の雑草を揺らし、肌を刺す。その冷たさに一度身震いしてから、僕は先手を取った。
「で、何の用かな、かな?」
かなが一つ多い。そんな突っ込みを入れる余裕が木佐にある筈も無く。
「あ、あの…」
と言ったきり、また黙ってしまう。
これも定型通り。ひょっとして森羅万象の七割位はお約束で出来ているんじゃないかと錯覚してしまいそうな流れだ。自分から告白した経験がない僕でも彼女の緊張は推し量るに余りあるが、それにしたって何とかならないものだろうか。木から葉が一枚残らず落ち切ったこの季節に、屋外で雁首揃えて棒立ちというのは。手がかじかみ始めてから、既に十分近くが経過しているのだけどね。
おっと失礼。照れ隠し、照れ隠し。
だけど真面目な話、これを惚れた腫れたといった類の呼び出しと決め付けるのは早計ではなかろうか。石橋を叩いて渡らない性格の人間としては勘繰らずにはいられない。こないだもクラスメートから屋上に呼び出されて、開口一番に心中しろとか言われたし。
案の定。
一分が一時間にも思えたであろう逡巡の末、クラスメートの女の子は言い放った。
「あの…付き合って、下さい――」

最低最悪のおまけ付きで。

「――私の、復讐に」

そうして、終わりは始まった。

 

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