少女三部作・外伝
カルテットU 侵入部員
びろーん。
『一兄ー兄上ー兄貴ー御兄ー貴兄ー大兄ー実兄ー長兄ー愚兄ー』
天下泰平な日曜の午後。
ベッドで惰眠を貪っていた僕を叩き起こしたのはそんな効果音と、続く読経の如き少女の呟きだった。覚醒したての頭には少々ヘヴィだ。寝起きはそう悪い方ではないが流石にこれは効いた。布団を頭まで被ってもう一度夢の世界へ旅立ちたくなる誘因としては十分過ぎる。今ならまだ夢の内容が朧げながら頭に残っているし、自販機の下に挟まって出られなくなったスカイフィッシュがどうやって脱出するのかも気になるし。それは目下、その素敵な世界を破壊した効果音の正体が老朽化したインターホンの発する唸り声であるとか、読経の主の領域侵犯を許すと厄介な事になるとか、そうした事実の認識よりも遥かに重要な事だった。故に僕は目を閉じて睡眠欲に身を委ねる。夢を取り戻せ。
だが世の中には睡眠という人類の三大最優先事項の一つを妨害するモノが必ずあるものである。もしくは居るものである。元よりそうでなければ声の主を警戒などしていない。
ガンガンガンガン!
インターホンの腑抜けた音に対してしっかりしろと言わんばかりの四連続ノック。
これって端的に言えば食事や情事を邪魔するのと同罪だと思うのだが。三大欲は何物にも代え難い。
びろーん。
対して蚊の鳴く様な音を漏らすご老体。心なしかさっきより弱々しくなっているような。お年寄りは敬えって小学校の頃に教わらなかったのかこの門前小僧は。
そういえばかのインターホンが仕事をするのを聞くのは初めてかも知れない。僕の部屋――学生寮の一室には訪問者など滅多に訪れないし、僕以外にこの部屋に入る人間、すなわちルームメイトには鳴らす必要など当然無いからだ。因みに休日に午後まで寝ている僕と違って活動的なルームメイトは既に外出済みであり、読経の主が彼であるという事もない。そもそもそのアルトには聞き覚えがあった。最近では聞き飽きたと言ってもいい。
『一兄ー兄上ー兄貴ー御兄ー貴兄ー大兄ー実兄ー長兄ー愚兄ー』
ガンガンガンガン!
びろーん。
…。
以上が四サイクル程続いたところで僕は白旗を上げた。このままでは隣人に迷惑だ。早朝だったら寮長から厳重注意されている事請け合いである。ルームメイトが居ないのが僥倖だが、いわれの無い非難を浴びるのは本意ではない。
「誰も居ませーん。留守ですよー」
こう言えば訪問者は性格上、ほぼ確実に「Please
come in」と解して入ってくるだろう。腐っても十何年の付き合いだし、それ位は奴の事を理解している。
何はともあれ一応は肉親なのだから。
だから僕は部屋に入ってきた読経少女――妹の凪の第一声を耳にして、瞠目せずにはいられなかった。最初は空耳か聞き間違いかと思った。
名が体を表していつ何時でもそよぐ事の無い凪の瞳は今日も無風だ。
しかし実質妹というよりは姉に近い産地直送フリーズドライの少女は、あろう事か――
「一兄…お願い、助けて!」
僕に助力を請うていた。