少女三部作・外伝
カルテットV 褶曲世界
南優希は文芸部部長である。
南を敵視する執行部は文芸部撲滅を企む生徒会の強制執行部門である。
直木賞作家は文芸部の存続のために執行部と戦うのだ。
私立の付属校よろしく、大和高校は部活動の盛んな学校である。
受験無しに内部進学可能な、所謂エスカレーター式の学校はどうしても生徒の関心が勉強以外に向く。自然彼等は部活やバイトに精を出す。そして我が校は実質黙認ではあるものの、表向きにはアルバイトを禁止している。その帰結としての部活振興であった。運動系なら野球、バスケ、アメフト、サッカー、文化系ならブラスバンドに管弦楽と、大会で強豪と呼ばれるに足る結果を出している部活は枚挙に暇が無い。中でもアメフトは全国大会三位の実績を誇る強豪中の強豪だ。
だが…これはうちの学校に限った話ではないだろうが、運動部と比べると文化部の地位は限り無く低い。具体的に言うとニューヨーク・ヤンキースと比較したニューヨーク・メッツ位に低い。運動部と異なり賞や大会など目に見える形での結果が出し難い文化部の性質故なのか、単にフィジカル・エリート>>>越えられない壁>>>ブレイン・エリートという米国に逆行する流れなのか――突出しているブラスバンドと管弦楽を除けば他の文化部はヤムチャ並みに影が薄く扱いも酷かった。僕に至っては「君んとこの部って何やってるの?」と友人に真顔で訊かれる始末である。
かくいう僕の所属する部活は文化部の中でも最底辺に位置する。何やってるのと言われても仕方が無い、メッツより下のマイナーリーグ。学校公認の部活ですらなく、非公認の同好会ですらない、部員も活動も無きに等しい幽霊部活。それが直木賞作家・南優希と僕と妹から成る、大和高校文芸部だった。
そして。
「なんともはや…ミイラ取りがミイラとはよく言ったものだね」
時は放課後、所は東棟四階・第二音楽室。
音楽室といってもそれは名ばかりで、実質的には我ら文芸部の部室となっている。というのも、文芸部の起源は使われなくなっていたこの教室を南が勝手に占拠して部室を名乗った経緯にあるからだ。『第二音楽室』の名が記されるべきネームプレートは今や『文芸部部室』と上書きされ、吸音用の穴が無数に穿たれた西日差し込む教室の中央にはパソコンと長机が我が物顔で陣取っている。ここで南が次回作を執筆したり、部員同士が適当に雑談したりするのが唯一活動と呼べる我が部の活動だった。それだって後者については活動と呼べるか甚だ疑問を呈する所ではあるけれど。
ともあれ、それはいつもの様に長椅子に座って南と雑談していた時の事だった。
「ミイラ取りがミイラ…ちょっと待て、僕はまだミイラにはなってないぞ。まだ望みはある」
「似た様なものじゃあないか。留年の危機という点では」
「ぐぅ…」
痛い所を突かれて唸る僕。
留年の危機。そう、僕は今留年の危機に陥っている。二つで留年確定となる赤点を先日の中間テストで一つ取ってしまったのである。成績優秀ではないが落ちこぼれでもない僕がこの様な失態をやらかしたのは理由があるのだが、今となっては何を言っても言い訳になってしまうだろうからやめておこう。敗軍の将は多くを語らず、ただ消え去るのみ。
「マッカーサー元帥かい。賢明だね」
「五月蝿い。誰の所為だと思ってるんだ」
「おや。その発言はこの話から読み始めた読者に不親切というものではないかね」
「は。それならお前のミイラ取り云々だって同じだろ」
満を期して言い返すが、南は動じない。トレードマークの古典的微笑を崩さず鷹揚に応じる。
「僕のは導入だったから良いのだよ。物語の導入に当たっては少し位意味の分からない台詞で読者を惹き付ける事も必要だろう」
…さいですか。
「左様。まあ冗談はともかく、これで我々はベーコンエッグを食べなければならなくなった…もとい、次の期末テストもここで勉強会を開かなければならなくなったようだね」
「確かに…」
この部室で勉強会(と称したいつもの雑談)をやったのはこの前の中間テストが初めてだが――留年寸前だった南と妹を救うべく僕が一肌脱いだのだ――僕までプレ留年となるとまたやらざるを得まい。それで成果が挙がるか否かは別として。
「その時はまたよろしく頼むよ。もちろん妹さんも是非是非連れてきてくれ給え」
「お前の場合むしろ勉強よりそっちが目当てだろ」
「何を言う。僕はこの国に近親相姦を罰する法律が無いのをいい事にやりたい放題やっている鬼畜兄貴から妹さんを守――」
そんな、取り止めの無い普段通りの会話。
それはいつもの様に長椅子に座って南と雑談していた時の事だった。紙とペンを手に僕の話に頷いたりウィットの効いた返事を返したりしているこの直木賞作家――南優希が設立した部活の風景の一コマでの事だった。
一切の予告も前兆も無く、それは突然やってきた。
――ガラガラ。
不意に南の言葉を遮る様に音を立てる扉。
今日まで部員以外にこの扉をくぐった者は居ない。それ以前にここの存在を知っている生徒自体多くはない。僕も南も当然もう一人の部員である妹の凪が来たのだと思った。
「やあ、噂をすれば何とやら。丁度今、いかにして君をお兄さんから守るかを話していた所だよ」
しかし――
学内中の女生徒を魅了してやまない微笑みで来訪者を迎えた南の前に現れたのは、凪とは似ても似つかない女の子だった。
「奇遇ですね。こちらも丁度、いかにして文芸部を潰すかを考えていた所です」
おかっぱ頭に冷たい目。左肩には『生徒会執行部』の腕章。
見覚えのある執行部員は、明日の天気を告げるかの様な口調で宣言した。
「生徒会により、ここ第二音楽室は第二生徒会室としての利用が決定しました。直に資材の搬入が開始されますので、直ちに立ち退き願います」